大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成7年(ワ)8122号 判決 1996年3月26日

原告

田中ま寿子

被告

佐々木岳人

主文

一  被告は、原告に対し、金二二〇万七二六〇円及びこれに対する平成五年四月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告は、原告に対し、金四一九万五八六〇円及びこれに対する平成五年四月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の被告の負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、交差点で左折した株式会社保有の普通乗用自動車が、横断歩道上を歩行していた者を撥ねて、同人に傷害を負わせたことから、歩行者が右車両の保有者の代表取締役個人を相手に損害賠償請求をした事案である。

二  争いのない事実

1  本件交通事故の発生

事故の日時 平成五年四月一〇日午後六時一八分ころ

事故の場所 東京都世田谷区上馬四丁目一番先路上

加害者 訴外長野望(以下「訴外長野」という。)。加害車両である普通乗用自動車(品川五四ね六八〇九)を運転

被害者 原告。歩行者である。

事故の態様 訴外長野が加害車両を運転して左折する際に、横断歩道上を歩行中の原告と衝突した。

事故の結果 原告は、本件事故により左上腕骨頸部骨折、左上腕骨顆部骨折等の傷害を負つた。

2  責任原因関係

訴外株式会社ジエー・イー・テイー(以下「訴外会社」という。)は、加害車両を保有しているところ、被告は、訴外会社の代表取締役である。

3  損害の一部填補

原告は、加害車両の自賠責保険から六七八万円の填補を受けた。

三  本件の争点

1  被告の責任の有無

(一) 原告

訴外会社は、その代表取締役である被告が株式をほぼ一人で独占する極めて小規模の会社であるところ、訴外長野の運転は、訴外会社の業務の執行としてなされた。被告は、訴外長野の上司であつて、訴外長野の運転について中間管理者として監督責任があり、運転に関する安全教育をすべき義務を負うのに、これを怠つていた。さらに、訴外会社の規模から見て被告自身も加害車両を自己のため運行の用に供していたというべきであるから、被告は、民法七一五条二項及び自賠法三条により、本件事故について責任を負う。

(二) 被告

訴外長野の運転が訴外会社の業務の執行としてなされたこと、被告が訴外長野の上司であつて中間管理者としての監督責任があること及び被告自身も加害車両の運行供用者であることを否認する。

2  原告の損害額

(一) 原告

原告は、本件事故により前記傷害を受け、事故当日から平成五年七月四日まで小倉病院で入院治療を受け(入院日数八六日)、その後、平成六年四月二三日まで通院治療を受けたが(実通院日数一四日)、左肘関節機能障害(後遺障害別等級表一〇級一〇号)、左手関節機能障害(同一〇級一〇号)、左肩関節機能障害(同一二級六号)の併合九級の認定を受ける後遺障害を残し、このため、次の損害を受けた。

(1) 治療関係費

<1> 治療費(自己負担分) 一〇八万四〇六〇円

<2> 入院雑費 一一万一八〇〇円

(2) 慰謝料 九四〇万〇〇〇〇円

傷害慰謝料として二四〇万円、後遺症慰謝料として七〇〇万円が相当である。

(3) 弁護士費用 三八万〇〇〇〇円

(二) 被告

原告の主張を争う。

第三争点に対する判断

一  被告の責任

1  甲一三、一四、乙口一、被告本人に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

訴外会社は、元警察官で交通機動隊に勤務していた被告を代表取締役とし、電気工事業を主な目的として、平成二年一二月二六日に「株式会社フイギユア・ヘツド」の商号で設立された資本金三〇〇万円の株式会社である。株主は、被告とその妻のみであり、被告が実質的にその株式を独占していた。本店所在地は、設立当初は被告の自宅であり、その後、賃貸マンシヨンを転々とし、商号も、平成三年一二月に「株式会社城南エクス・テツク」に、平成六年四月に現在のものに変更している。従業員の数はその時々の営業状況により変動し、本件事故当時は、訴外長野と外一名がいた。被告は、元共済関係担当の警察官であつた訴外長野に訴外会社の総務、経理の担当を依頼し、同人を同社の取締役に迎えた。訴外会社には、訴外会社名義の車両がジヤガー、ブローニ(本件の加害車両)、フエステイバの三両あり、被告や従業員は、訴外会社から現場に赴く場合にこれらを使用したほか、朝早くから現場での作業があることから、被告は、訴外会社の代表取締役として、訴外長野らが帰宅や家から現場への直行のためにこれらの車両を使用することを認容していた。実際に、被告がジヤガーを、訴外長野が加害車両を主として使用しており、本件事故は、訴外長野が加害車両に乗つて帰宅途上で生じたものである。被告は、安全運転についての教育は一切行つておらず、また、右三両については支出を惜しんで任意保険を掛けていなかつた。

2  右認定の訴外会社の資本金の額、株式の所有割合、従業員の数に鑑みれば、被告は、訴外会社の代表取締役として、訴外長野の選任、監督をなし得る地位にあり、また、実際に訴外長野を選任し、同人の業務の内容等も定めていたことは明らかである。訴外会社の規模が小さく、従業員数も少ないことから、被告は訴外会社の日常的な業務の指揮監督を実質的に行つていたのであつて、訴外会社の所有自動車の購入及びその使用方法の決定も被告が行い、さらには、被告の意向で訴外会社の車両につき任意保険を掛けていなかつたのである。このようなことから、被告は、直接訴外会社の従業員の選任監督をすべき地位にあり、訴外会社の代理監督者に当たることは明らかである。

ところで、民法七一五条一項にいう「事業ノ執行ニ付キ」というのは、必ずしも被用者がその職務を現実に執行する場合だけを指すのではなく、広く会社の被用者の行為の外形を捉えて客観的に観察したとき、会社の職務行為の範囲内に属するものと認められる場合も含まれるものと解すべきところ、訴外長野は普段において訴外会社の職務の執行のために加害車両を運転していたのであり、また、訴外会社の代表取締役である被告も訴外長野に帰宅のために加害車両を使用することを許諾していたのであるから、本件事故時における同人の運転も、外形的にみて訴外会社の職務行為性があるものと認めるべきである。

そして、被告は、小規模会社である訴外会社の代理監督者として、従業員等に任意保険の掛かつていない車両を使用させるに当たつては、事故が生じたときの賠償問題もあることから、同人らに細心の注意をもつて運転すべきことを指導監督すべき義務を負うものと解すべきところ、被告は、訴外長野等に安全運転についての教育は一切行つていなかつたのであるから、民法七一五条二項により原告が本件事故で被つた損害を賠償すべき責任があるものというべきである。

二  原告の傷害の程度

甲四ないし七に前示争いのない事実を総合すれば、次の事実が認められる。

原告は、大正一〇年八月二一日生まれの女性であるところ、本件事故により、左上腕骨頸部骨折、左上腕骨顆部骨折等の傷害を負い、事故当日から平成五年七月四日まで小倉病院で入院治療を受け(入院日数八六日)、その後、平成六年四月二三日まで通院治療を受けたこと(実通院日数一四日)、しかし、左肩、肘、手の各関節に運動障害、疼痛、運動痛等の障害を残し、自算会から左肘関節機能障害(後遺障害別等級表一〇級一〇号)、左手関節機能障害(同一〇級一〇号)、左肩関節機能障害(同一二級六号)の併合九級の認定を受けたことが認められる。

三  本件事故に関する原告の損害額

1  治療関係費

(1) 治療費等 一〇八万四〇六〇円

甲八、九によれば、原告は、小倉病院の治療費のため一〇八万四〇六〇円を支払つたことが認められる。

(2) 入院雑費 一〇万三二〇〇円

原告は、一日一三〇〇円の割合による入院雑費を請求するが、乙イ二の1ないし4、9ないし11、13ないし15、17ないし19、21ないし23、26、28、30によれば、訴外長野望は、原告の入院雑費の一部やおむつ代として少なくとも三万円を支出したことが認められるので、一日一二〇〇円の割合による入院雑費を認めることとする。

入院日数は八六日であるから、入院雑費は一〇万三二〇〇円となる。

2  慰謝料 七六〇万〇〇〇〇円

前認定の原告の傷害の程度、入通院の日数、後遺障害の部位、程度、原告の年齢、その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、傷害慰謝料としては一六〇万円が、また、後遺症慰謝料としては六〇〇万円が相当である。

3  以上の合計は、八七八万七二六〇円となるところ、原告が六七八万円の填補を受けたことは当事者間に争いがないから、同填補後の原告の損害額は、二〇〇万七二六〇円となる。

四  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過及び認容額等の諸事情に鑑み、原告の本件訴訟遂行に要した弁護士費用は、金二〇万円をもつて相当と認める。

第四結論

以上の次第であるから、原告の本件請求は、被告に対し、金二二〇万七二六〇円及びこれに対する本件事故の日である平成五年四月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がないから棄却すべきである。

(裁判官 南敏文)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例